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Y、オ(一緒に)“わぁー!”
寺山修司の大きなスチール2枚。そして、企画展の入口上方に学生服の寺山が、両足を壁に引っ付けて、90°になって我々を見ている。
H“どうYちゃん、このスチール写真は?”
Y“石原裕次郎かと、ちょっと思いましたが、やっぱり寺山でしたね。んー、やっぱりどう見ても青森のオジさん顔ですね。あっち(石原)は兄の都知事を見ても湘南顔ですよね。”
H・オ“(湘南顔にコメント出来ず)・・・・・・。”
ルームAに入る。
目の前の2mはある巨大な本の背表紙に、どーんとでかく、
「◎田園に死す◎」
と黒地に赤で強烈に書いてある。
凄いインパクトがある。これでこそ寺山だと云わんばかりだ。
Y“これは、情熱の赤。血の赤。生命を感じますね。”
またルームAでは、三上博史さんの朗読にあわせて、寺山の短歌や俳句や文章が展示室の壁に流れる。
寺山の独特の「言葉」が、三上さんの情感溢れる声にぴったりとマッチして、感動する。
素敵だ。実に素敵だ。
Y“「ランボーを 五行とびこす 恋猫や」が私的にはとてもいいですね。”
ルームB。
ここはスポーツと寺山の部屋。
競馬・ボクシング・野球等に係わったマルチな寺山の足跡が辿れる。
森山大道さんの写真群「新宿の寺山」が、寺山恋しと壁面いっぱいに飾られている。
懐かしい“あしたのジョー”がある。
さらばハイセイコーの詩がある。よく覚えている好きな一節がある。
「ふりむくな
ふりむくな
うしろには夢がない
(略)
だが、忘れようとしても
眼を閉じると
あの日のレースが見えてくる
耳をふさぐと
あの日の喝采の声が
聞こえてくるのだ。」
震えた。寺山に久々に震えた。
この部屋は寺山が文学のみならず、いろんなジャンルに広がっていることが見られる部屋だ。
併せて私たちそれぞれの60年代70年代に思いを馳せる事ができる部屋だ。
「ああ荒野」がここに蘇っている。
Y“さっきの部屋とこっちの部屋が違いすぎる所に、寺山の幅の広さが感じられますね。なんて凄い展示の順番なんでしょうか。”
ルームC1
アラーキーの教えを三日間受けて、アラーキーを超えた寺山の美術作品としての写真展。
Y“セクシーです。耽美的でセクシーです。どうしてここまで美しさにふけり楽しむことができるのでしょうか。生は美を超えられない、そんな虚無に捕らわれてしまいます。”
ルームC2
天井桟敷の全ポスターがある。
横尾忠則、宇野亜喜良・・・一枚一枚にアートが溢れている。
ルームC3
映画コーナー。
「書を捨てよ町へ出よう」を彷彿とさせる実験的映像が映される。
Y“座りこんで見ていると、現実の自分と画面との区別がつかなくなる気がします。けれど、なんて切ない映像でしょうか。ここでは愛も幻です。”
Y“ここまで、これだけの刺激と感激の作品の間をよく無事に来れたって思います。本当に心臓もドキドキしました。感情移入する度に魂が奪われかけるので、ちょっとふらふらします。”
Cルームを奥へ奥へと向かう。怪しい音楽が聞こえて来る。
ワダエミデザインの酒呑童子の着物が入口に展示されている。
オ“Yさん着られる?”
Y“情熱的です。美輪明宏さんでないと着られませんね。”
いよいよ今回最大の展示Dルーム。
あのパルコ劇場で2年に一度公演される美輪さんの「毛皮のマリー」の舞台が、初めて丸ごと青森にやって来ている。
Y“あの、どうしても発言します。凄いです。人間の想像を超える舞台です。絶対に見に来て欲しいです。「想像」から「創造」を思う部屋です。”
オ“これを見たら、誰でも新しい感動に包まれるね。日本最大の寺山展ってことが、ここではっきりするよね。”
Y“そうです。日本最大最高と云いたいです。”
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