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VOL.10 [2005.4.19]
49回目の4月16日

 評論家や解説者のような政治がもてはやされる時代はいかがなものか。
 自分では何もやらない。いや「いい人」でいるためにやれない、決断しない、実行の苦渋のひとつもない。一見さわやか風に批判非難の口説のみを弄する。
 ポピュリズムという名にすら価しない。なぜなら、ポピュリズムたる「案」が無い。
 中学生の時から長い間、その意味が真には解らないで来た「口説の徒」という語句が今になって具体性を持って体感できるようになった。
 そんな類いばかりが増えて来てはこの国の未来はいかがかと、価値観の多様性を大切なものと考える自分でもさすがに思ってしまう。
 評論家や解説者なら、どの世界でもそれはそれで必要な時もあろうからかまわないと思うが、いやしくも「政(まつりごと)」に関わっているのならば、格好だけ付けていないで「対案を出さんかい」とひと言だけ云っておきたい。
 ま、何を云ったところで詮無いことだろうから、少なくとも自分は使命感を失わず日常の仕事にこれからも全力で励もうと、4月16日、49回目の誕生日に淡々と思っている。
 いろんないい友だちが増えた48才の一年間だったが、また49才もそういう出会いを沢山したい。


三村 申吾

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