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VOL.42 [2008.1.25]
ジャゴビニ、ジャゴビニ
 電話が鳴った。前置きもなく“ヨシモト”調でつっこんできた。
 「あんねー、うちなぁ、その72年10月9日になぁ、とんでもない目におうたんやでぇ。あかんことになるところやったん。おかんがなぁ、おじちゃんのホームページ見て、『うちはその日のことは、よう知っとります。一大事でした』ゆうてるんや」
 「何いうてんねん、まだ生まれてへんやろ。誕生日とお年玉が込み込みになる日本一不幸な少女のひとりだと、いつも云ってたでないの。キミが生まれたんは12月29日やないけ」(つい関西口調に合わせてしまった。豊臣幕府になってたら、この国の言語感覚はどうなってしまっていたのだろうか。ちょっと怖いけど、毎日マンザイで面白いかな?)
 「ちゃうねん。おかんがなぁー、凄い事になってなぁ。うちはなぁ、皮一枚やったんよ。ジャコビニって聞いたとたんに、おかんな『悪夢やぁ、大厄やぁ。門戸厄神(もんどやくじん)行かなあかん、もう大祭終わってしもうた、えらいこっちゃ』とゆうてんねん、うちなぁ、おかんとあわやブッダ(仏陀)かマリア様やったんやで、一大事やねん」
 どういう論理か比喩かちっともわからない上に、捲し立てた時の関西人のスピードは、1分1200字だから付いてゆけない。
 「で、何やねん。おかんと替われ」
 とやっとひと言云うことができた。
 「(やけにおっとりと)この子が7か月目の時です。うち、おなか痛うて痛うて、この子きっともうあかんのやぁと泣きながら、気を失いながら堺の病院に担がれて行きましてん。大変な騒ぎでしてん。それがなあ、この日やってん。72年の10月の9日で、世の中がジャゴビニ、ジャゴビニ(おかんの表現通り表記しています)って云うてたのをめちゃ覚えてますねん。生涯忘れられない彗星ですわ。」
 「で、おかんは何の病気やったんですか」
 「(きっぱりと)それは盲腸ですねん。盲腸かて軽く考えたらあきまへんで。7か月やし、麻酔は良いか、薬はどないかて、大騒ぎで切ったんやけど、盲腸はとれたんやけど、お腹の中で子宮が動いたんで、それから2か月絶対安静入院ですわな。ああ、しんど。この子はほんまに皮一枚の命でしたん。そやから、72年10月9日は大厄日でしてん。うちにも、この子にも、えらい日でしたわ。何十年ぶりにその名前聞いて、門戸厄神行かな思うてますねん。おまんじゅう、とってもおいしいんやでぇ。」
 “おまんじゅう”と聞いて、そんな気を悪くしてるんでもないとわかってほっとした。
 「ジャコビニ彗星の日」、日本中でいろんな事があったんだろうなと改めて思った。
 皆さんは、何か思い出ありますか。

門戸厄神東光寺(もんどやくじんとうこうじ)
 兵庫県西宮市に所在する寺。厄払いと十三詣(じゅうさんまいり)で有名。毎年1月18日・19日に厄除大祭が、2月3日に星祭(節分)が行われる。特に厄除大祭では何万人もの参拝者で賑わいを見せる。厄除のご利益は、関西で最強といわれる。
三村 申吾

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