北里大学獣医畜産学部のクラブ『犬部』の活動に取材したポプラ文庫を読んでいたら、無性にりょうまに会いたくなった。
りょうまは、Kちゃんの家に13年前から居る。玄関を守っているから一応番犬であるけれど、殆ど家族だ。
司馬遼太郎ファンのお母さんが、『龍馬が行く』に感動して名付けたらしいから、「龍馬」と書くのが正しいのだろうけれど、見た目が、あのロッテ「コアラのマーチ」のコアラの絵を犬っぽくした感じだから、りょうまと書くほうがその雰囲気に合う。
りょうまは実に愉快で、愛嬌いっぱいだ。
Kちゃんチ(家)に行ったとする。一応番犬なのだから、せめてひと声「ワン」ぐらいは吠えて、外来者を牽制し、家の人に警告してもいいのに、「りょうま、りょうま」とかなり何度かお願いして、やっと小屋から出て来ても、「熟睡して夢見てたからえへへ…」とはにかむように見つめるだけ。
それなのに、「りょうまりょうま」の声を聞きつけたお母さんが玄関先に来て下さると、やっと「ワンワンワン」と誇らしげに存在感を示す。
さて別の場面。
夜みんなで、ご飯ガヤガヤ盛り上がっていたとする。
りょうまは決まって「アウーン。アウーン」と切なく自己主張する。
「ああこれね、暗くなったから自分も入れてよ。自分は家の中でもうネンコする時間なんだよと訴えてるんですよ」とお母さんの解説。
もっと愉快なのはお散歩だ。Kちゃんと 一緒に昼ご飯をゴチになりに伺った時である。
お散歩大好きのりょうまは、玄関先でKちゃんに飛びついて「ワワワーン」と切なく泣き出した。
「これはですね、お出かけーっ、したいよーって懇願してる訳です」とKちゃん。「じゃあ 行ってやろうよ。やるせない声が可愛いいよね」
かくしてお散歩をせしめたりょうまは、意気揚々と我々を従えて出発進行。グイグイと綱を引いて行く。
私たち的には坂本龍馬が供だから、上野の西郷さんの上をいく気分。りょうま的には自分と金太郎をお供に率いるのだから、これも少しくいい気分。
(金太郎とはちなみに、Kちゃんのかつてのアイドルネームである。Kちゃんは赤子の時は金太郎印の腹当てをし、長じては怪力を誇り、腕相撲など闘いに中学まで負けた事がなかったそうだ)
さて、喜び勇んだりょうまは、それこそ脱兎のごとく駆け出した。流石に金太郎と綱引きして鍛えた怪力であり、さらに力強くグイグイと引っ張って行く。綱を持たせて貰ったものの、普段の寝ぼけ姿しか知らない自分には、驚きだ。
「ワォぅんー」と気合いを付けたりょうまは広い町道を左へ。「挨拶ってゆうか、喧嘩売りに行くっていうか、張り合ってる近所の犬が居るんですよ、はい」と金ちゃん。龍馬と云うより、新撰組土方の市中見廻りだねこりゃ。
一目散に 『りょうまが行く』こと約200米、脇道突入。
直ちに「ワン、ワワワン、グワワン…」の連呼喧嘩吠えがご近所から湧き上がるではないか!
我がりょうまも「ウー、ワォーん、ワンワン」と応える。
これぞ池田屋か鳥羽伏見の戦いか、血湧き肉踊るとはこの事だ。
「あ、この先ダメっすよ。ホントに仲悪い犬がいて、いい歳して喧嘩本気になるンス。コラ!!りょうま」
13年の飼い主に諫められ、りょうまは我が三沢のF16のスクランブルに、防空識別圏寸前でくるりと戻るロシア軍機のように踵を返し町道へ。
しかして足取り高く、意気揚々だ。時折オシッコで縄張りをマークし、りょうまは行く!
が、しかし、ありゃりゃ?ありゃ?りょうま、どうした?まだ4、5百メートルも来ないのにペースが落ちて息が上がりだして、本当にへたって来た。
さっきの土方かミグ21かの勇ましさはどうした!
「歳なんすよ。興奮するとすぐへたっちゃうんスよ。りょうま、帰るか」とKちゃん。
りょうまは、犬らしからぬ安堵した表情を浮かべて、よっこらしょと立ち上がってゆらゆら家路へ。
なんと気心の通じあってることやら、13年はやはりただものではない、と自分は感心する事しきりだった。
『犬部』を閉じながら「今、りょうま、どうしてるかな……元気かな、会いたいな」と、とっても恋しくなっている。
是非またご近所縄張り警戒お散歩なんかして、続編をお知らせしたいものだ。 |